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漆をまとう暮らしの道具。「漆具しっく

漆具のできるまで

ちょっと変わった「漆具(しっく)」という名前。それは、ふたりの漆の職人さんとの出会いから始まった今古今の漆ブランドプロジェクトでした。

庶民が日常生活の中で普通に用いているさまざまの器具を「民器」と云いますが、漆による「民器」をつくりたいというのがそもそもの始まりでした。そこで、『漆を纏(まと)う暮らしの道具』という言葉を略して「漆具(しっく)」という名前を付けました。

 

漆具椀のできるまで

さて、漆の職人であるおふたりに出会ったことでどうしてもひとつお椀をつくりたくなりました。

日々、食堂や自宅でうつわに触れながら、どんなお椀が良いのだろうかと思案していました。
あんな形はどうだろう?こういった形も良いんじゃないか?あれこれ考えて頭のなかがあっちにいったり、こっちへ行ったり。

そんなある日、漆の職人さんが自分の賄い用にと工房の奥で忘れ去られていた古ぼけた木地に漆を分厚く塗ったお椀を持ってきてくれました。そのお椀を見せて頂いた時、大好きな柳宗悦の『雑器の美』を思い出しました。

「そこにはとりわけて彩りもなく飾りもない。至純な形、二、三の模様、それも素朴な手法。彼等は知を誇らず、風に奢らない。奇異とか威嚇とか、少しだにそれ等の工たくらみが含まれない。挑むこともあらはな態さまもなく、いつも穏かであり静かである。時としては初心な朴訥な、控目がちな面おももちさへ見える。その美は一つとして私達を強ひようとはしない。美を衒ふ今日であるから、わけてもそれ等の慎ましい作が慕はしく思へる。」

「毎日触れる器具であるから、それは実際に堪へねばならない。弱きもの華やかなもの、込み入りしもの、それ等の性質はここに許されてゐない。分厚なもの、頑丈なもの、健全なもの、それが日常の生活に即する器である。」

「華美ではならない。強く正しき質を有たねばならぬ。それは誰にでも、又如何なる風にも使はれる準備をせねばならぬ。装うてはゐられない。偽ることは許されない。いつも試煉を受けるからである。」

ひとつの雑器である漆の職人さんの賄い用のお椀を通じ、その「雑器の美しさ」に魅せられた我々は、そのお椀がもつ佇まいについて勉強を重ね、今日「漆具椀」として皆さまにお披露目をすることが叶いました。

もしも皆さまが愛おしいお椀に出会えたならば、毎日そのお椀と共に暮らすことで、日常が幸せに、そしていつもくつろいだ気分になっていただきたいものです。

「若し共に暮すなら、日に日に親しみは増すであらう。それ等のものが傍にある時、真に家に在る寛ろぎを覚えるであらう。」

(柳宗悦、雑器の美、1926年)